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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)10012号 判決

原告 フシマン株式会社

右代表者代表取締役 富沢初太郎

右訴訟代理人弁護士 半田和朗

被告 株式会社フシマンバルブ

右代表者代表取締役 金子猛夫

右訴訟代理人弁護士 河和金作

同 市橋千鶴子

同 松代隆

主文

1、被告は、暖房冷房器具および弁類の製造販売の営業について「株式会社フシマンバルブ」の商号を使用してはならない。

2、被告は、東京法務局芝出張所受付被告株式会社登記のうち「株式会社フシマンバルブ」の商号の抹消登記手続をせよ。

3、被告は、暖房冷房器具および弁類の製品に「K.K.Fushiman Valve」の表示を附したものを販売し、また、同製品に関する広告、カタログ、取引書類に「K.K. FUSHIMAN VALVE」、「K.K.Fushiman Valve」の表示を附して展示し頒布してはならない。

4、被告は、東京都大田区矢口三丁目一〇番六号所在の東京工場および東京営業所ならびに岩手県紫波郡矢巾村南矢巾六の一五一番所在の矢巾工場に存在する被告所有の暖房冷房器具および弁類の製品に附されている「K.K. Fushiman Valve」の表示を抹消せよ。

5、原告のその余の請求を棄却する。

6、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、原告が昭和二五年一一月一四日商号を「フシマン株式会社」と定め、暖房冷房器具の製作販売および附帯工事の請負、弁類の製作販売等を営業の目的として設立された会社であって肩書地に本店を有し、現にその営業を継続していること、被告が同年同月二七日商号を「株式会社フシマンバルブ製作所」と定め、原告と同一の営業を目的として設立された会社であって現にその営業を行っていること、被告が当初本店を岩手県に置いたが、昭和三六年一一月六日本店を東京都大田区矢口三丁目一〇番六号(当時古市町一五番地)に移転し、翌三七年五月一〇日肩書地に名義上の本店を移したこと、被告がその商号を昭和三六年一一月二一日「株式会社フジシマバルブ製作所」と変更し、ついで、翌三七年五月一五日「株式会社フシマンバルブ製作所」と元の商号に復し、同三八年五月二五日その商号から「製作所」の字句を取り除いて現商号「株式会社フシマンバルブ」に変更し、同年六月五日その旨登記を経由したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、つぎに、被告が暖房冷房器具および弁類の製品に「K.K. Fushiman Valve」の表示を印刻したネームプレートを貼付してこれを販売し、また、同製品に関する広告、カタログ、取引書類に「K.K. FUSHIMAN VALVE」、「K.K. Fushiman Valve」の表示を附して展示し頒布していることは、被告の認めるところである。

原告は被告がその製品に「Fushiman Valve」「FUSHIMAN VALVE WORKS LTD」の表示を印刻したネームプレートを貼付し、同製品の包装に「フシマンバルブ」「FUSHIMAN VALVE」の表示を印刷してこれらを販売し、同製品に関する広告、カタログ、取引書類に「フシマンバルブ」「Fushiman Valve」の表示を附して展示頒布していると主張し、≪証拠省略≫によれば、被告は過去においてその製品に「Fushiman Valve」、「FUSHIMAN VALVE WORKS LTD」の表示を印刻したネームプレートを貼付し、包装に「フシマンバルブ」、「FUSHIMAN VALVE」の表示を印刷し、また、これらの表示を附したものを販売し、広告、カタログ、取引書類に「フシマンバルブ」、「Fushiman Valve」の表示を附して展示、頒布した事実のあることが認められる。しかしながら、≪証拠省略≫によると、被告はおそくとも昭和四一、二年中にはこれらすべての表示を使用しないことに決定し、これを実行したことが明らかである。

してみれば、被告に対し製品または包装にこれらの表示を附して販売し、広告等にこれらの表示を附して展示、頒布することの停止を求める原告の請求は、不正競争防止法によると、商標法によるとを問わず、いずれも失当として棄却を免れないわけである。

そこで、以下においては専ら被告が現に使用している商号と「K.K. FUSHIMAN VALVE」、「K.K. Fushiman Valve」の表示に関して検討を加えることとする。

三、原告は、被告の商号「株式会社フシマンバルブ」の使用行為は、不正競争防止法第一条第一項第二号に該当する旨主張する。≪証拠省略≫によると、原告の商号は、被告が現商号を採択した昭和三八年五月より相当以前から暖房冷房器具、弁類の製造販売業者間や需要者層に広く認識されるに至っていたと認められる。

そこで、被告の商号「株式会社フシマンバルブ」を原告の商号「フシマン株式会社」と対比すると、両商号のうち「株式会社」の字句は特徴のない部分である。そこで、原告の商号は「フシマン」の部分が要部であることは、いうまでもない。つぎに被告の商号は「フシマン」の下に「バルブ」の字句が附加されているけれども、同会社はバルブを主要製品の一つとする会社であるから、取引の実際においてこの商号に接するものは、特徴のある「フシマン」の字句に注意をひかれこれを記憶にとどめることは明瞭であって、被告の商号の要部は「フシマン」の部分にあるということができる。したがってこの要部を同じくする両商号は類似しているといってよい。

このように類似する商号を被告が使用して同種の営業を営むときは、原告の商号が前記のように周知のものである以上、被告の営業活動が原告の営業活動と混同を生じるであろうと考えるのが相当である。現に、原告が被告製品の修理要求を誤って受けたり返戻品の誤配を受けたりする事例が生じその都度適宜の措置をとっていることは、≪証拠省略≫によって認められるが、この混同は前記認定のネームプレート等の表示に起因するほか、この商号の類似性によるものと考えられる。

原告は、その商号を商品または営業用書類等に表示する場合常に別紙第二目録記載の桃の実の商標を同時に附しているので誤認混同は生じないという。≪証拠省略≫によれば、被告は会社設立の直後である昭和二五年一二月二五日別紙第二目録記載の桃の実を図案化した商標の登録を出願してその登録を受け、商号等を商品または営業用書類に表示するときはつとめてこの商標を同時に附するようにしてきたことが認められる。この措置は誤認混同の防止に少なからず寄与しているものと推認することはできるが、それにもかかわらず誤認混同の事例がまだ残っていることはさきに認定したとおりであるから、かような措置を講じたからといって誤認混同が全然生じないとはいえない。

そして、このような誤認混同が、ひいては原告の営業上の利益を害する結果をまねいていることは明らかであるといえる。

四、ところで、被告は、被告の行為は不正競争防止法第二条第一項第四号所定の先使用の場合に該当する旨主張する。

亡藤島由太郎は明治三五年頃個人企業として機械類の製作販売を始め、創業後日ならずして高低温高低圧下における管状機械製品の製作に独創性を発揮し、やがて弁類の製作に高度の専門的技術を生み出した。このため大正年間に早くも弁類の製品の優秀性は国内に知れわたり、「藤島」をもじって作られた「フシマン」の名称は同人の企業を指すものとしてこの頃から用いられ初めた。同人の企業はその後も発展の一途をたどり、昭和一二年に会社組織に改められ、「株式会社フシマン製作所」(以下「旧社」という。)が設立され、戦時中も軍需に応じて増産を重ねていた。旧社は、東京都品川区大井伊藤町の大井工場と原告肩書地(旧表示、大田区森ヶ崎六二番地)の森ヶ崎工場との二工場を有していたが、昭和二〇年三月頃海軍省の指示によって岩手県に疎開することになり、同県に矢巾工場、石鳥谷工場が設置された。

以上の事実は当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すれば、つぎの事実が認められる。

旧社の大井工場は疎開後戦災を受けて焼失し、森ヶ崎工場は一部疎開した段階で終戦を迎え、戦後、旧社は、森ヶ崎工場と岩手の二工場とで操業を続けていたが、昭和二三年頃から経営は次第に苦しくなり、給料の支払も遅れがちになり、昭和二五年一〇月ついに手形の不渡を出して倒産するに至った。これより前、同年秋頃から旧社の再建計画が本格的に論ぜられるようになり、大口債権者であった日本機械貿易株式会社(後に三井物産株式会社と合併、以下「日機貿」という。)が中心になり再建案が作成され、同年一〇月下旬頃まとまった。その再建案は、日機貿が融資して森ヶ崎工場に属する人的構成物的設備をもって新会社を設立することを骨子とするものであり、岩手二工場については、これを新会社に組み入れるほど日機貿から融資を得られないため、岩手二工場に属する人達の適宜の処置に委ねることとされた。当時、旧社の役員の多くは東京に在住し、岩手県には岩手の工場長昆貞が在住するだけであったが、森ヶ崎工場と岩手二工場とは従業員数がそれぞれ約八〇名でほぼ等しく、生産量もほぼ等しい状態にあった。岩手二工場の技術課長で工場長代理の立場にあった湊謙正は、その頃この再建案を示され、同年一一月一日附で岩手二工場関係の債権者等に対する残債務、従業員に対する未払給料債務等一切の債務を引き受け、その求償権に対する代物弁済として岩手二工場内の現金、預金、有体動産等一切の財産を譲り受けた。昆貞、湊謙正は岩手二工場の処置について一時は、岩手殖産銀行に抵当に入っていた矢巾工場の土地建物等に対する抵当権の実行を受け全財産を処分して解散する案も考慮したが、もともと岩手県は由太郎の郷里であり、地元の岩手殖産銀行はじめ由太郎の業績と「フシマン」の名を残すよう激励するものが多く、関係全従業員の総意によって岩手二工場を中心とした新たに会社を設立する構想がまとまり、由太郎もそれに異存はなかった。そこで、岩手二工場の人的構成物的設備を中心として昭和二五年一一月二七日被告会社が設立された。一方、森ヶ崎工場を主体に同年一一月一四日設立されたのが原告会社であり、旧社が持っていた登録第三七〇六四四号、同第三七〇六四五号、同第三七一一四八号の各商標権(その商標および指定商品が別紙第一目録記載のとおりであることは当事者間に争いがない。)および特許権、実用新案権等は営業とともに同年一一月一〇日ひとまず旧社から日機貿に譲り渡す旨の契約が結ばれ、翌二六年三月二三日これらをすべて日機貿から原告に譲り渡す旨の契約が締結された(商標権が原告に移転したかどうかについて被告はこれを争っているがその点はしばらくおく。)。このように、原被告両社はあいついで設立されたが、被告会社設立当時、被告は、原告会社が設立されることは予想していたものの、それが設立済であるかどうか、またどのような商号を選択したのか知らないまま「株式会社フシマンバルブ製作所」という商号を選んだのであった。なお、藤島由太郎は、原告会社では設立当初極く短期間だけ取締役に就任し、ついで昭和三七年死去するまで顧問として役員と同じ待遇を受け、被告会社でも顧問として遇せられ、由太郎の養子藤島正夫は現に原告会社の取締役に就任し、由太郎の妻藤島はつは被告会社設立当初から同社の取締役に就任している。

以上詳細に認定した事実によれば、日機貿を中心に作成された再建案では森ヶ崎工場を主体とした原告会社の設立に力が注がれ、岩手二工場の処置はその関係者の適宜の処置に委せられたのであって、別会社を組織することを禁ぜられたわけではなく、岩手二工場の人的物的構成は森ヶ崎工場とほぼ同じと評価すべきものであって独立して別会社を組織できる規模を備えており、その上、由太郎は岩手県の出身で地元において「フシマン」の名を残したいという強い要望があったことを考慮すれば、被告が旧社および由太郎との因縁から、「フシマン」の字句を織り込んだ「株式会社フシマンバルブ製作所」の商号を選択したことは、当時のなりゆきとして無理からぬものがあるといってよい。のみならず、前認定のように、被告がその商号を選択した当時、被告は原告の商号を認識していなかったのであるから、被告が当初「株式会社フシマンバルブ製作所」の商号を選択使用したことについては、原告の商号と類似の商号によって原告の営業と誤認混同を生じさせ原告の商号の信用を利用して利益を挙げようとする不正競争の目的はなかったものと認めるのが相当である。しかも、被告設立の日は原告設立後一三日目であって、原告の商号はその頃まだ周知になっていなかったと推認することができるから、被告は「株式会社フシマンバルブ製作所」の商号を原告の商号が周知になる以前から善意に使用し始めたものということができる。したがって、被告がこの商号を使用する限り原告からその使用の差止を受けることのない立場にあったわけである。

五、これに対し原告は、被告が商号を「株式会社フシマンバルブ製作所」と変更した時点において従前の「株式会社フシマンバルブ製作所」の商号権を放棄したというべきであり、その後再びもとの「株式会社フシマンバルブ製作所」と改称したがそれは以前の同じ商号の使用とは別個の新たな使用行為であると主張しているのでこの点について検討する。

不正競争防止法は先使用の規定を設け、周知表示の使用者と先使用者間の公平を図っているが、それによる保護は、先使用表示の使用状態が周知表示の周知になる以前から現在まで継続していることを前提としていることはいうまでもない。しかし、その間において使用状態に多少変動があっても、その間の使用状態が当初のそれと同視すべき状態にあり、全体として継続性が認められる場合には同様の保護を与えてよいと解される。

本件についてこれをみると、≪証拠省略≫によると、次の事実が認められる。

被告会社の営業成績は設立後次第に向上し、昭和三六年頃には本社機構の過半も東京に移ってきていたが、会社の将来の発展のため本店を東京に移転するのを得策と考えて、昭和三六年一一月東京営業所が置かれていた東京都大田区矢口三丁目一〇番六号(当時古市町一五番地)に移転すべく管轄の東京法務局大森出張所に手続をとったところ、同一区内に原告会社の登記が登載されているとの理由で受理されなかった。そこで、被告は対策に苦慮したが、急に他に本店の移転先を求めることもできず、本店移転の目的達成のためとりあえず商号を「株式会社フジシマバルブ製作所」と変更して本店移転登記手続を了した。しかし、被告は取引先等に対し商号変更の挨拶状を出さず、その後も会社建物には元の商号の表札を掲げ、封筒用箋その他営業書類に刷り込む社名や製品に貼付するネームプレートに印刻する社名も元の商号を使用したばかりでなく、営業全般について元の商号を使用し、ただ不動産登記等やむをえないときだけ「株式会社フジシマバルブ製作所」の商号を使用していた。そして、被告は約半年後に他の区内に小さい事務所を設け同所に本店の移転登記を経由し商号を元に復した。

以上の事実によれば、被告の商号は一時変更されたが、新商号は不動産登記等やむをえないときに使用されただけで、営業のほとんどすべてについて従前どおり旧表示を使用していた状態にあったのであるから、商号変更の期間中も、当初の使用状態と同視すべき状態にあったといって差支えない。したがって、原告の前記主張は採用の余地がない。

六、つぎに、原告は、被告の現商号「株式会社フシマンバルブ」は「株式会社フシマンバルブ製作所」よりも原告の商号により近似したものになっているから、被告がこの商号について先使用の主張をすることは許されないと主張するので、これについて考察する。

先使用の商号を保護するに当ってその商号の名称が終始全く同一である場合に限ってその保護を与えるべきであり、どのような変更を加えることも許されないとすることは狭きに失するであろう。しかし、周知表示の保護との公平を図るためには、先使用表示を保護することにより周知表示使用者の商品または営業との誤認混同をより多く生じさせることは、可能な限り防止しなければならない。したがって、先使用表示に対して周知表示により近似するような変更を加えることは、それだけ誤認混同を強めるおそれがあるから許されないというべきである。ただそれでもなお近似化を相当とするような正当な事由がある場合には、例外として許されてよいと考える。

本件についてみれば、「株式会社フシマンバルブ製作所」から「製作所」の字句を取り去った「株式会社フシマンバルブ」の商号は、原告の商号「フシマン株式会社」に対して、より近似化した商号になっていることは明瞭である。

もっとも≪証拠省略≫によると、前記商号変更の行われた昭和三八年頃は産業界において会社の商号を片仮名文字に変えたり商号中の「製造」「製作所」の字句を取り除いて商号を簡略化する風潮があり、これに従って、被告は商号中の「製作所」の字句を除いて現商号のとおり変更したことが認められる。しかしながら、商号のうちに「製作所」の字句を用いている会社は、当時はもちろん現在でも多く見受けられるのであって、被告の商号中に「製作所」の字句があっても被告の営業にとってさして障害になるとも思われない。したがって、単に産業界の風潮に従ったというだけでは、まだ近似化を相当とすべき正当の事由に当るものとは考えられない。

それ故、被告は変更後の現商号に関する限り、先使用を援用して保護を求めることはできないといわなければならない。

七、被告は、現商号の使用を原告が暗黙に承諾していた旨主張する。

≪証拠省略≫によれば、被告会社が設立されて程なく原告はその設立を知ったが、その際被告の商号について別段異議を申し出ることもなく、昭和二五年から翌二六年にかけては被告から製品を買入れたり、また量は少ないが被告に製品を売り渡して相互に取引をしたこと、原告は、被告が「フシマン」、「FUSHIMAN」、「フシマンバルブ」、「FUSHIMAN VALVE」等の商標を製品に附して原告の商標権を侵害しているとして昭和二六年頃、同二八年頃、同三八年頃抗議をしたことが認められる。しかし、商号については本訴が提起された昭和三九年一〇月に至るまで異議の申出をしたかどうか、これを明らかにする証拠はない。≪証拠省略≫中には、昭和二六年頃原告が被告の商号について異議を申し述べた旨供述しているが、昭和二八年頃、同三八年頃の抗議が明らかに製品に附された商標のみについてなされたことは、さきに認定したとおりであって、同人等の供述はにわかに信用することができない。以上のことと原被告設立の経緯をつぶさに考慮すれば、原告は、被告が「株式会社フシマンバルブ製作所」の商号を選択使用したことをやむをえないことと受けとり、十有余年の間そのままに推移し、被告側もまたこの商号の使用を許されたものとして行動してきたと推認することができる。したがって、原告はこの商号の使用を暗黙に承諾していたものといってよいであろう。しかしながら、被告の現商号に関しては、この商号に変更されたときから一年半後に本訴が提起されているところからみて、この間に原告がその使用を暗黙に承諾したものと認めることは到底できない。被告の主張は結局採用の限りではない。

八、さらに被告は、原告が不正競争防止法に基づいて差止請求権を行使することは、信義誠実の原則に反するものであり、その差止請求権は失効しており、また差止請求権の行使は権利乱用として許されない旨主張する。

しかしながら、被告の旧商号は別として現商号に関する限り、被告が現商号に変更してから本訴の提起までには一年半足らず経過しているにすぎないから、この日時の経過をもって差止請求権に消長をきたすものとは考えられないし、また、「製作所」の字句の削除が原被告の営業活動の誤認混同を強めるおそれがあると認められる以上、その字句の有無を無視してよい程軽微な差異にとどまるものとみることもできないから、本件の具体的な諸事情の下において原告の差止請求権の行使を許されないものとすることはできない。

してみれば、被告の現商号の使用は不正競争防止法第一条第一項第二号所定の行為に当るから、被告は商号「株式会社フシマンバルブ」の使用を停止し、被告株式会社登記のうち商号部分の抹消登記手続をする義務があるといわねばならない。

九、つぎに、原告は、被告が暖房冷房器具および弁類の製品に「K.K.Fushiman Valve」の表示を印刻したネームプレートを貼付して販売し、広告、カタログ、取引書類に「K.K.FUSHIMAN VALVE」、「K.K.Fushiman Valve」の表示を附して展示し頒布する行為は不正競争防止法第一条第一項第一号に該当する旨主張する。

「K.K.FUSHIMAN VALVE」、「K.K.Fushiman Valve」の表示は「株式会社フシマンバルブ」を英文字で記載するとき広く用いられる一方法であるから、すでに説明したところと同じ理由によって、これらの表示は原告の商号と類似しているものと認められる。そして、被告がこのように類似した表示を商品に使用すると、原告の商号が周知であれば原告の商品との間に混同を生ずるものと考えるのが相当であり、現に混同をひき起し、原告の営業上の利益を害する結果を招いていることは、さきに認定したとおりである。

この点に関連して、被告は先使用を主張するが、その理由がないことは、つぎのことを附加するほか、さきに被告商号の使用に関して述べたところと同一である。弁論の全趣旨によれば、被告は「K.K.FU-SHIMAN VALVE SEISAKUSHO」、「K.K.Fushiman Valve Seisakusho」の表示を原告の商号が周知になる以前から善意に使用し始め、商号が「株式会社フジシマバルブ製作所」と変更されていた期間中も継続して使用していたものと認められる。ところで、「K.K.FUSHIMAN VA-LVE」、「K.K.Fushiman Valve」の表示は「SEISAKUSHO」、「Seisakusho」の字句を取り除いたため原告の商号により近似した表示となっている。そして、このように近似化されたのは、商号が変更されたことに伴うことは明らかであるが、前記のようにこの商号について近似化を正当づける特段の事由が認められない以上、これらの表示についても同じ結論をとらざるをえない。

また、被告は暗黙の承諾があった旨主張するが、その理由がないことは、つぎのことを附加するほか、さきに被告商号の使用に関して述べたところと同一である。原告の商号にさらに近似した表示に変更された時から一年半後に本訴が提起されているところからみて、これらの表示の使用を原告が暗黙に承諾していたものと認める余地はない。

被告は失効の原則を援用し権利乱用の主張をするが、その理由がないことは、つぎのことを附加するほか、さきに述べたところと同一である。「K.K.FUSHIMAN VALVE」、「K.K.Fushiman Valve」の表示が使用された後一年半足らずして本訴が提起されているから、この日時の経過をもって差止請求権に消長をきたすものと考えられないし、また、「SEISAKUSHO」、「Seisakusho」の字句の削除が商品の混同を強めるおそれがあると認められる以上、その差異を軽微なものとして無視することはできないから、原告の差止請求権の行使を許されないということはできない。

してみれば、被告が製品に「K.K.Fu-shiman Valve」の表示を附したものを販売し、また、広告、カタログ、取引書類に「K.K.FUSHIMAN VALVE」、「K.K.Fushiman Valve」の表示を附して展示頒布している行為は、不正競争防止法第一条第一項第一号所定の行為に当るから、被告はその行為を停止し、かつ製品に附されている「K.K.Fushiman Valve」の表示を抹消する義務があるといわねばならない。

一〇、以上の理由により、原告の請求のうち不正競争防止法第一条第一項第一、二号の規定に基づいて商号の使用停止と商号の抹消登記手続および「K.K.FUSHI-MAN VALVE」、「K.K.Fushiman Va-lve」の表示の使用停止と製品に附されている表示の抹消とを求める部分は正当として認容し、その余の部分は被告が現にこれを行っていると認めることができないので、失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。なお、原告は請求の趣旨第三、四項について仮執行の宣言を求めているが、これを附するのは相当でないと認めるので、その申立を却下する。

(裁判長裁判官 古関敏正 裁判官 吉井参也 宇井正一)

〈以下省略〉

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